「美沙・Pre〜」 ----------------------------------------------------------------------  深夜、部屋の電話が鳴った。 「はい、田中です」 「もしもし〜、美沙ちゃん?」 「美穂?どうしたの?」 「あはは、別に用ってほどのもんじゃないんだけど、明日の約束、忘れてない よね?」 「あったりまえでしょ。おととい約束して忘れるほど年くってないわよ」 「でも美沙ちゃんとテニスなんてほんとひさしぶりね」 「高校以来だっけ?もう2年か・・・」  美穂から冬休みにテニスでもしないかと誘われたのは2日前のことだった。 ずいぶん会っていなかったが、電話口のむこうの声はすぐに美穂だとわかった 。 「高校っていえばさ、こんど真子先生、結婚するんだって」 「ふーん・・・相手は?」 「よく知らないけど大学病院の先生なんだって。同期のひとなんだって言って た」 「そっかぁ、いいなぁ・・・」  声が裏返りそうになる。言葉とは裏腹に、ほんとは単にほっとしているだけ なのに。相手がたくろうだったらと不安になった自分がいやになる。こんなに 不安になるぐらいならもっと引き止めればよかった・・・どうせあきらめるこ とができないなら・・・。  人の気を知ってか知らずか美穂が電話のむこうでしゃべりつづけている。 「うらやましいなぁ、真子先生ってウェディングドレスすっごく似合いそうだ よねぇ」 「そうよねぇ、あこがれちゃうなぁ・・・」 「ふーん、美沙ちゃんもあこがれるんだぁ、そうだよねぇ。きれいだもんねぇ 」 「うん・・・きれいよねぇ、きっと・・・」 「さとみは?元気?」 「さとみちゃんはね・・・」  言葉だけが口から出ていく。たくろうと別れてどれだけになるだろう?美穂 のことばがすり抜けていく。美沙の相づちに美穂が思い付くままに話題を変え ていく。 「たくろうは?」  ふと美穂の口調が変わったような気がした。 「・・・でね、・・・でね、わたし・・・」 「ん?美穂、どうしたの?」 「・・・ごっめーん、お風呂入れてるんだった。見にいかなきゃ」 「あは、あいかわらずだな。続きは明日にしようか」 「そうね・・・それじゃ明日ね、おやすみ」     §  §  §  美穂は受話器を置いたままの姿勢でぼそりとつぶやいた。 「美沙、ごめんね・・・たくろうくん、わたし・・・」 「美穂があやまることはないさ。美穂を幸せにするって言ったろ・・・俺が愛 してるのは美穂なんだ。そんな悲しそうな顔をするなよ、俺まで悲しくなる・ ・・」  美穂の側にいたたくろうがそっと抱き寄せ、左手の薬指をなぞる。 「俺は美穂といっしょになれるのがうれしいんだ。」 「わたしもよ・・・でも・・・」 「でも?」 「ううん、なんでもない。好きよ、たくろう。一生離れない!」 「俺もだ。おまえを離すものか・・・」  唇をそっと重ねる二人。美穂の頬をつたう涙をそっとぬぐってたくろうは美 穂を抱く腕にすこし力をこめた。 「愛してるよ、美穂・・・」     §  §  §  美沙も置いた受話器をじっと見つめていた。 (なんでたくろうのことなんか聞いちゃうんだろ・・・)  もう寝なければ・・・そうは思っても自己嫌悪と恋しさでいっぱいになる。 目を閉じると河原での出来事、保健室、たくろうのことばかりが思い出されて しまう。あんなに好きだったのに・・・美穂からの電話がくるまでは思い出さ ずにすんでいたのに・・・まあいい。明日汗をかいてぐっすり眠ればまた忘れ ることができるだろう・・・たぶん。もう寝なければ・・・  いつのまにか美沙は眠りにおちていた・・・ 〜FIN〜